2011年7月13日水曜日

Louis Armstrong(ルイ・アームストロング) - Kiss of Fire (El Choclo) - Tango



Louis Armstrong(ルイ・アームストロング)の名曲「What a wonderful world」です。

Louis Armstrong(ルイ・アームストロング、1901年8月4日-1971年7月6日)は、アフリカ系アメリカ人のジャズミュージシャンで、Satchmo(サッチモ)という愛称でも知られ、ご存知のように日本でも大変人気のある、20世紀を代表するミュージシャンの一人です。

サッチモという愛称は「satchel mouth(がま口のような口)」というのをイギリス人記者が聞き違えたとする説や、「Such a mouth!」(なんて口だ!)から来たとする説などがあります。

ルイ・アームストロングは明るく陽気な音楽性と高い音楽的技術をあわせ持つカリスマ的かつ独創的な演奏者で、洗練されていない地方的なダンスミュージックをポピュラーな音楽形態である「ジャズ」へと発展させました。

トランペット奏者であるとともに歌手としても有名ですが、とくにトランペット奏者としてはジャズ界でも稀であるほどの天才と言われ、アメリカ合衆国のトランペット奏者、作曲家で現代において最も著名なジャズ・ミュージシャンの一人であるWynton Learson Marsalis(ウィントン・マルサリス、1961年10月18日 - )が「色々なトランペット奏者の良い所を盗もうとしたけど、アームストロングだけは盗めなかった。とにかく凄すぎるからさ」と賞賛したほどです。

歌の方でも「スキャット」という歌唱法を広めたことで知られています。

さらに、モダンジャズの帝王と呼ばれジャズ界の超大物トランペット奏者であったMiles Davis(マイルス・デイヴィス、Miles Dewey Davis III、マイルス・デューイ・デイヴィス三世、1926年5月26日 - 1991年9月28日)は「アームストロングは喋りまでジャズになっている」と語っているそうです。

ルイ・アームストロングは、ニューオーリンズのアフリカ系アメリカ人が多く住む比較的貧しい居住区で生まれ育ちました。

子供の頃に祭りで浮かれ、ピストルを発砲して少年院に送られましたが、その少年院のブラスバンドでコルネットを演奏することになったのが、楽器との最初の出会いとなり、その後、町のパレードなどで演奏するようになり人気者となりました。

1923年、シカゴに移りジャズのコルネット奏者でバンドリーダーであるKing Oliver(ジョー・“キング”・オリヴァー、Joe "King" Oliver、1885年12月19日~1938年4月10日)の楽団に加入し、同年、初のレコーディングを行いメジャーデビューとなりました。

その後1950年代には「バラ色の人生」や「Kiss of Fire」等が大ヒットし、また、1953年には初の日本公演を行いました。

1960年代には時代がThe Beatles(ビートルズ)を代表とするポップ・ミュージック一色となる中でも、Armstrongの「Hello, Dolly!(ハロー・ドーリー)」はミリオン・セラーとなり、彼の音楽がいかに多くのアメリカ国民を魅了していたかがわかります。

1967年には、この「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」が世界的なメガヒットとなり、後年、日本でもテレビCMに使われたのをご記憶の方もおられると思います。



この「Kiss of Fire」の原曲である「El choclo(エル・クチュロ)」は1903年にアルゼンチンの作曲家、ギタリストでタンゴの創始者といわれるÁngel Villoldo(アンヘル・ビジョルド)により作曲されたとされ、1905年11月3日にブエノスアイレスの高級レストラン「レストラン・アメリカ」にて初演されました。

この曲の歌詞については、アンヘル・ビジョルド自身も歌詞をつけていますが、一番よく聴かれるのは、1946年にアルゼンチンのタンゴの作詞家、作曲家で舞台俳優でもあったEnrique Santos Discépolo(エンリケ・サントス・ディセポロ)によって作られた歌詞です。

このエンリケ・サントス・ディセポロの歌詞は、メキシコの喜劇映画「グラン・カジノ」のために、この映画に出演する有名なアルゼンチンのタンゴ歌手であり、女優でもあるLibertad Lamarque(リベルタ・ラマルケ 1908年11月24日 - 2000年12月12日)の申し出により、急遽作られたそうです。

「El choclo(エル・チョクロ)」とはスペイン語で「とうもろこし」という意味だそうです。

この曲は、世界中の様々なタンゴの楽団によって、いろいろな解釈のもとに歌詞なしの演奏なども広く行われており、タンゴの中でも非常に知名度の高い有名な曲です。

アメリカではこのルイ・アームストロングやジョージア・ギプス、トニー・マーティン、フランキー・レイン、などにより、「Kiss of Fire」としてスペイン語版とは別の英語歌詞で歌われています。

この曲は4拍子のゆっくりとしたテンポで、カウントを取りやすい曲ですので、確実に1,2,3,4を取りながら聞いてください。

普段の日常生活で音楽や歌を聞くときは、必ずカウントを取って聞く習慣をつけて聞くことが体に音を流す訓練となります。

音楽に慣れてくれば、意識しなくてもなんとなくカウントがわかるようになりますので、たくさんの曲を聴くことが必要です。

この「意識しなくてもなんとなくわかるようになる」ということが感性を育てるということでもあります。

それがあなたの内部の音楽風景ということになります。

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2011年7月10日日曜日

Count Basie(カウント・ベイシー)-Shiny Stockings



Count Basie(カウント・ベイシー)とそのOrchestraよるShiny Stockingsです。

William "Count" Basie(ウィリアム・“カウント”・ベイシー、1904年8月21日 - 1984年4月26日)は、アメリカのジャズピアノニストでありビッグバンドのバンドリーダーです。

Count Basieは、Glenn Miller(グレン・ミラー)、Benny Goodman(ベニー・グッドマン)、Duke Ellington(デューク・エリントン)等と共にスウィングジャズ、ビッグバンドの代表奏者に挙げられるジャズミュージシャンです。

スウィング・ジャズは、1930年代から1940年代初めにかけて大流行した、白人が主体となって作られた大人数編成のビッグバンドによるジャズの形態の一つです。

黒人ブラスバンドやマーチングバンドと呼ばれるものとは音楽的には直接の関係はないとされますが、いずれにしても吹奏楽器によるブラスバンドから発展したといわれている大人数のジャズ、ビッグバンドの形態の一つです。

スウィング・ジャズはジャズの歴史の中では初期のものにあたり、「スウィング」のリズムを含んだ軽快なダンスミュージックであり、ジャズの特徴である即興演奏(アドリブ)や個人演奏(ソロ)よりも、念入りな打ち合わせに基づくビッグバンド全体での演奏(アンサンブル)に重点が置かれた演奏法です。

スウィングとはシャッフルとも称され、音楽におけるリズムの有り様の一種です。

ふたつの連続した音符のうち、初めの音符の長さを長めにとり、ふたつめの音符を短くする演奏形態です。

ジャズにおいて用いられるリズムであり、ブルースなどジャズの影響を受けた音楽においても用いられ、バウンスともいいます。

このスウィングジャズはいろいろな曲がさまざまにアレンジされてSlowfoxtrotやQuickstepの曲としてかかりますので、なんども聞いて曲の特徴をイメージにインプットしてください。

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2011年7月6日水曜日

Cab Calloway(キャブ・キャロウェイ)ーMinnie The Moocher (Live 1988)



Cab Calloway(キャブ・キャロウェイ)の「Minnie The Moocher(ミニー・ザ・ムーチャ)」です。

Cab Calloway(キャブ・キャロウェイ, 1907年12月25日 - 1994年11月18日) は、アフリカ系アメリカ人のジャズ・シンガー、バンドリーダーです。

彼のビッグバンドは1930年代初頭から1940年代後半にかけて、アフリカ系アメリカ人のバンドとしてはアメリカ最大級の人気を博しました。

Cab Callowayのネルギッシュなスキャット唱法と独特なダンスは後の米ジャズ界にとどまらず、世界の音楽界に大きな影響を与えました。

スキャット (Scat)とは、意味のない音(例えば「ダバダバ」「ドゥビドゥビ」といったような)をメロディーにあわせて即興的(アドリブ)に歌う、主にジャズで使われる歌唱法です。

彼のバンドはトランペットには超大物のディジー・ガレスピーやドク・チータム、サクソフォンにベン・ウェブスター、レオン"チュ"ベリー、ギターにはニューオーリンズの名ギタリストであるダニー・バーカー、ベースにはミルト・ヒントンらといったの米ジャズ界を代表する大物を擁していました。

このMinnie The Moocherは、1931年にレコーディングされたCab Callowayの最も有名な曲です。

この曲はベティ・ブープの短編アニメ「Minnie the Moocher」で使用され、ロトスコープの技術によって、キャブは声の出演にとどまらず、アニメの中で彼のダンスも披露しています。

この曲をScatも含めてCab Callowayが自在にアドリブでテンポを変えて歌っているように聞こえますが、その背景にはしっかりとしたリズムがあることを理解してください。

たとえばジャムセッションなどで、コード分解をして自由に演奏しているように聞こえても、その生命線には宇宙の法則である時間としての「リズム」があるわけです。

また、この「Minnie the Moocher」は、アレンジされてSlowfoxtrotの曲としても使われることがあります。

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2011年7月2日土曜日

Astrud Gilberto(アストラッド・ジルベルト) & Jobim Orchestra - Girl from Ipanema



Bossa Nova(ボサノヴァ)の女王 Astrud Gilberto(アストラッド・ジルベルト)の Girl from Ipanema(イパネマの娘)です。

Astrud Gilberto(アストラッド・ジルベルト、1940年3月29日 - )は、ブラジル出身の、ボサノヴァ・ジャズ、ポピュラー音楽の歌手です。

ボサノヴァ(Bossa Nova)は、ブラジル音楽のジャンルのひとつです。

ボサノヴァがアメリカで大ヒットしたためジャズの一種と見るなどさまざまな見方もありますが、ボサノヴァのルーツがサンバからの派生であることから、少なくとも本来のボサノヴァはサンバの一種であるとする見方が正しいと思います。

アストラッド・ジルベルトは、ブラジルのバイーア州に、アストラッド・エヴァンジェリーナ・ワイナート(Astrud Evangelina Weinert)として、ブラジル人の母とドイツ人の父親の間に生まれ、リオ・デ・ジャネイロで育ちました。

1959年にJoão Gilberto(ジョアン・ジルベルト)と結婚し、1963年にアメリカ合衆国に移住し、アルバム「ゲッツ/ジルベルト(Getz/Gilberto)」でジョアン・ジルベルト、スタン・ゲッツ、アントニオ・カルロス・ジョビンと共演したときに、彼女の歌声にプロデューサーのクリード・テイラーが目をつけ、彼女が英語で歌う「イパネマの娘」がレコーディング化され、これがアメリカを中心に大ヒットし、日本でも人気となり、世界的にもBossa Novaを認知させることとなりました。

João Gilberto(ジョアン・ジルベルト)はブラジルの歌手、ギタリストで、作曲家のアントニオ・カルロス・ジョビンや作詞家のヴィニシウス・ヂ・モライスらとともに、ボサノヴァを創成したとされています。

しかし、ジョアンとアストラッドは1960年代の半ばに離婚してしまいました。

アストラッド・ジルベルトは Girl from Ipanema(イパネマの娘)の大成功により、一躍ジャズスターとなり、ブラジルのボサノヴァと、アメリカのジャズ・スタンダードの架け橋的な役割を果たしました。

日本も含めて世界的に彼女はボサノヴァの代表的な歌手という評価の一方で、ブラジル国内ではほとんど実績を残していないため、ブラジル国内における評価はあまり高くないとう意見もあります。

ボサノヴァは4分の4拍子で、複雑なタッタチッタチチッタチチチタというようなリズムがドラムスやブラジルの楽器タンボリンなどによって演奏されますので、そのリズムのなかで、1(One)がどれであるのか確認してリズムを取る練習をしてください。

最初は何がなんだかわからないかもしれませんが、何度も聞いているうちに脳が理解してリズムが見えてきますので、その雰囲気を感じて、とにかく音楽に慣れるようにしましょう。

わからない場合は歌い出しが1(One)ですので、そこからリズムをとるようにしてください。

ボサノヴァ誕生の経緯や音楽性に関する理論はどうでもいいことですので、実際のBossa Novaがこのようなリズムで演奏され、歌われる音楽であるということを感性で理解しでください。

なお、ボサノヴァをたどるとSamba(サンバ)につながりますので、ボサノヴァをよく感性に取り込むということはサンバを理解するということにもつながります。

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